四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

タグ:阿弥陀如来

寺 名:九品山 浄土院 極楽寺
本 尊:阿弥陀如来
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創 始:
宗 派:石鎚山真言宗総本山
住 所:愛媛県西条市大保木4-36

電 話:087-897-0118
由 緒
 天河寺が廃寺した後にその尊像を移したものといわれる。石鎚の別院の名で知られ、口伝には役小角が石鎚山を開くとき、龍王山で霊験を感じて彫ったのがこの寺に祀られている石鉄蔵王大権現の像であり、鎮守とする八大龍王、波切不動明王も共にその時の作という。
 龍王山は寺の前にそびえる峻峯で、山頂には龍王の祠がある。ここは昔から極楽寺で雨乞い祈祷が行われる時の霊域である。龍王山から仰ぐと石鎚山が近くに見える。古来の信仰の発生した過程の当然であることがうなづかれる。
 第二次世界大戦の後、昭和二十年(1945)十二月二十八日宗教団体法が廃止されて、これに代わる宗教法人令が出来た。この法に基づいて極楽寺は住職「神野宥乗」が本山御室派から独立して一派を興した。石鎚山真言宗という。
 この寺には、銀納義民として、郷土人が追慕する「工藤治兵衛」らの位牌を祀る。境内には義民の記念碑があり、これは明治二十三年(1890)大保木の人「工藤弥五郎」が建てたものである。
札 所:新四国曼荼羅霊場(弥陀三尊)
文化財:
資 料:現地説明板など
関連ブログ:極楽寺別院

寺 名:円鏡山・大智院・能仁寺
本 尊:阿弥陀如来
開 基:順諦大和尚
創 建:慶長10年(1605)
宗 派:浄土宗
札 所:
住 所:愛媛県伊予郡松前町筒井315

電 話:089-984-5008
由 緒
 64年を経て火災にあったが、天和2年(1682)諦誉和尚が再建し、寛政8年(1796)憫誉和尚が再度再建した。天保3年(1832)には長誉和尚が山門を改築した。
 現在の本堂は、昭和28年 (1953)12月31日に再建された。 本尊は阿弥陀如来である 。 寺宝には、霊巌和尚(知恩院第32世)自筆の「直富笈」• 明治2年(1896)宗門帳がある 。境内には、毎年旧暦正月16日頃に咲く「雪勝の桜」(日清の役の大本営に一枝を送ったところ、日本軍が連戦連勝したことから、この名に改められた)がある 。またべえまた後藤又兵衛夫妻の供養五輪塔のほか、俳人野沢喜久三郎、教育者赤星大龍の碑、及び水利土木建設に力を注いだ西谷広助の頌徳碑がある 。 
資料等:伊予の隅々こたろう博学研究所様、松前町教育委員会pdf、
駐車場:無料
撮影日:2020年10月21日
近隣施設:


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後藤又兵衛の墓 
 筒井の大智院の門をくぐると、左手に二基の五輪の塔がある。一基は後藤又兵衛基次、もう一基はその妻の墓といわれる。当時の日記によると又兵衛は、元和元年、豊臣氏が滅んだ後、落武者となり旧友の松山城主、加藤嘉明を頼って、伊予の国にやってきた。当時、徳川家では、又兵衛の捜索が厳しく、そのため名を弟の市郎右衛門と偽り難をのがれ、寛永11年死に至るまで松前、筒井に住んだ。又兵衛は在世中、農業奨励、荒地の開墾など、地方農業に貢献し、後藤新田、後藤の堰など事跡が多く残っている。

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雪勝の桜
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