四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 香川県綾川町

城 名:羽床(はゆか)城址
住 所:香川県綾歌郡綾川町羽床下
城 郭:平山城
築城主:羽床資高
築城年:平安時代末治承年間(伝)
廃城:
解説等:
 羽床城は中世香川の有力武士である羽床氏の居城である。
 羽床氏は、讃岐藤原氏の祖である綾大夫章隆の子資高が羽床荘司に任じられ、その子重隆も羽床一帯に勢力をもち、羽床藤大夫と称して讃岐藤原氏の嫡流を継ぐとともに、羽床氏の祖となった。香西氏、福家氏は羽床氏の庶流である。
 羽床氏は羽床を中心として勢力を誇ったが、南北朝期に南朝方となったため、北朝方の香西氏が有力となって、香西氏の陣代を務めるなどしたが、天正六年(1578)香西伊賀守佳清が羽床伊豆守資載(すけとし)の娘を離縁したことから両者が対立・抗争した。しかし、翌年には土佐の長宗我部元親に屈し、資載は天正十年に十河城攻めの陣中で病死した。このため資載の子資吉が家督を継いだ。資吉は、豊臣秀吉から讃岐領主に任じられた仙石権兵衛秀久に従って島津攻めに出陣したが天正十四年に戦死し、羽床氏の直径は途絶えた。
 発掘調査が行われてないので確定してない。城郭、土塁、壕(埋まって登山道になっている)など、地元民が年二度ほど竹や草木などを伐採保存に努めている。早く調査が完了して絵図を作ってほしい。
 
資料等:現地説明板&綾川町図書館蔵綾南町誌(現綾川町)、聞き取りなど
写真は2016年2月3日撮影

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民家の農機具庫の前から上っていきます。
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壕跡
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 滝宮駅本屋 香川県綾歌郡綾川町滝宮
 琴電滝宮駅は、琴平電鉄(現琴電琴平線)の停車場として建設され、大正十五年十一月三十日に竣工した。の十二月二十一日に栗林公園~滝宮間がまず開通しているため、当初は暫定的な終着駅であった。
 駅本屋の設計者は明確ではないが、社長の大西虎之介が阪急・阪神・南海電鉄の駅本屋を見聞して、各駅本屋の設計にあたったとされる。施工者の早谷川栄については、情報がなく詳細不明である。
 線路の西側に南面して建つ平入りの建物で、梁間9,095m、桁行5,46mを測る。屋根は袴腰屋根で、急勾配に噴き下ろされる。正面(南面)出入口上には千鳥に袴腰屋根が突き出し、妻壁は方丈で支えられる。屋根瓦は噴き替えられているが、当初から洋瓦葺きであった。外壁は妻部も含めて現在では下見張りであるが、竣工時の写真及び設計図ではモロタルスタッコ壁に柱を装飾的に露わにするハーフチンバーでまとめられている。
 内部の間取りは、正方形(5,46×5,445m)の待合室と、その奥の3畳に出札室と宿直室、一回り大きな駅長室からなる。待合室南が出入り口で、東側が改札口で葺き降ろされた下屋を経てホームに連絡する。下屋南側は集札口であったが、現在は閉鎖されている。
 滝宮駅本屋は、屋根の形状や外壁の仕上げに大正期の住宅と共通する要素をもつ、瀟洒な建物である。これは一部を除いて琴電琴平線(旧琴平電鉄)に共通した傾向であり、ほぼ同時期のJR琴平駅本屋や善通寺駅本屋よりも記念碑性が希薄で私的な意匠表現といえる。この点に、大正末期の私鉄駅本屋の特徴がよく表れていると評価出来る。
 参考文献 高松琴平電気鉄道株式会社社史編さん室1970『60年のあゆみ』
 以上の文は香川県立図書館蔵『香川県土木史』より転載しました。
 近代化産業遺産 平成20年度 経済産業省
 写真は、2013年4月9日撮影
 場所は、ノートスポット『鉄道駅などのmap』にスポット投稿します。
 
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【北條池】
 ダム名:
 ダム湖名:北條池
 川名:綾川水系富川
 住所:香川県綾歌郡綾川町陶
 堰堤長:312,3m
 堰堤高:11m
 湛水面積:537ha
 目的:用水
 形式:アース
 ダム事業者:北条池土地改良区
 発電:なし

 着手/竣工:延宝年間/  平成五年改修着工/  
 四国堰堤ダム88箇所第77番堰堤札所奥の院

 エピソード:北條池は坂出平野700ヘクタール余の水田を潤し、かって満濃太郎、北条次郎と詠われたように綾川水系で最大規模を誇り、古代条理の名残である。「綾北條」に因み北條池と呼ばれるようになったと伝えられる。
 古代条理の開拓で早くから拓けた綾北條は、県内有数の穀倉地帯として知られるが、北條池が築造されるまでは綾川の流水に頼るほかなく、相次ぐ旱魃や度重なる氾濫に困窮していた。この綾北農家の憂いを見かねた阿野郡林田村の財豪「宮武清八景秀」が自ら私財を投じて、矢延平六によって延宝年間に創築されたものであると記録に標されている。
 この綾北地域に大きな役割を果たしてきた北條池も、築造後三百年余を経て老巧化が進み、早期改修が強く望まれていた。そこで、平成五年に着工した国営総合農地防災事業により、最新の技術力によって新しく生まれ変わった。
 一新された北條池が穀倉地帯である坂出平野を潤し「農は国の礎」と言われるように、農業の振興により地域がますます発展する事を願い、ここに改修記念碑を建立する。平成十八年三月吉日
 昭和二十八年(1953)の長柄ダム完成まで水不足の悩みは続いたと言います。
 池の底には須恵器の窯跡が沈み、湖畔には讃留霊王(サルレオウ)の墓や法然上人の碑が残るなど長い歴史に彩られた北条池も、今ではその中央を国道32号が走り、こうした時代は遠い昔となった感があります。
 文は現地記念碑&香川の水事情「香川のダム」より転載しました。
 写真は2012年9月9日撮影
 場所はワイワイマップ『池・ダム湖のmap』にスポット投稿します。
 周辺施設:府中ダム・国府跡・滝宮天満宮・道の駅「たきのみや」

 北條池改修記念碑
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 堰堤
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 洪水吐
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 府中湖へ流入口
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 池の下流域(府中湖)
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 池の上流域
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 北條池橋より上流
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 北條池橋より下流方面・陶富士(十瓶山)
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【大林古墳】
 大林古墳は香川県綾川町羽床にある円墳で、横穴式片袖形で、幅2m、奥行き2.5m、高さ2m、花崗岩の大石で構築され、羨道は甚だ短く東方の開口、遺物が散逸していた。古墳時代後期のものである。
 古墳頂部には祠が祀られ、古墳開口部前には石燈籠、脇には、石柱(土地の寄付者名・大きさなど)、石碑(笠井新也踏査)もある。
 羽床地区には古墳が多数現存している。
 文は、香川県立図書館蔵綾南町史(現綾川町旧綾南町)より転載しました。
 写真は、2012年4月4日撮影
 場所は、ワイワイマップ『古墳・経塚・貝塚などの遺跡map』にスポット投稿します。

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【松林山・法専寺】
 松林山・光明峯院・法専寺は香川県綾川町山田下 本尊 阿弥陀如来 創立は永正二年(1505) 宗派 真宗興正派

 法専寺由緒 沿革
 寿永の昔、小松少将有盛、屋島の戦場を脱し北山に閑居して一宇を建て法専坊と称し、後 寺号をたてた(古今名勝絵図)といわれる。
 法専寺所蔵『九条家ニ関スル記録』によれば「元暦文治の頃、源平合戦の砌 安徳天皇を守護参り讃岐屋嶋え御着船に候屋嶋は乱盛に相成り 終に西海にて一門追々討死に付而小鳥丸の御剣所持仕候て南条郡山田郷北山の辺に身を忍び 世間の無常を観じ一門の菩提の為出家「盛物恩(もりぶつとん)」と申し 天台宗の一宇を建立仕候 其後 法専坊と号し候や今に古跡御座候 開基仏恩より中興良円迄代数地文の年号月日相知不申候も 文明年中本願寺蓮如上人え帰依し仕り浄土宗に相成 永正二年丑の二月、北山免の内只今の所へ一宇を再建し今日に至る・・・・云々」とある。「小松少将平有盛」は「平重盛」の四男にして、屋嶋の合戦に敗れるや従者に付き添われ「隠谷(高松市国分町福家)」に一時身を隠していたと伝えらるが、(隠谷の地名それより起きる)、それより後の事であろう。
 なお同文書によると「御殿御館入の始め古き御由御申伝へ御座候」とて「中興二代良玄義御館入仕候御殿御十五代東光院殿先関白植通公御法名行空様御代月輪殿下兼実公御尊碑(牌)光明峯寺摂政殿下道家公御霊牌 御菩提被仰付趣寺社方え書出しに相成候・・・・云々」とあって九条家の尊信篤く 享禄天文(1528~1554)の頃から御祈祷所となっていたという。さきには「松林山法専坊」と称していたが、文明年間、真宗本山興正派に隋属して真宗の坊舎に改めた時に寺号も法専寺と改称した。
 以上の文は高松市香南文庫蔵書綾上町史より転載しました。

 有盛は長門で入水しているが綾上での伝承では再起を狙って山田の里に隠れ住んだとされる。寺の近くには古い墓石があるがいつの時代かはわからない。落人のゆかりであろうか。
 平有盛は重盛の四男で、兄の平 資盛(たいら の すけもり)に従って源氏に対したが義経に敗れた。
 長門の壇ノ浦でも源氏に敗れて従兄弟の行盛も共に入水したことになっている。
 参考文献 津森明著「義経讃岐を駆ける」

 山門の内側に有盛の位牌を厨子の中に安置している。
087-878-2078
 写真は2012年3月1日撮影
 場所はワイワイマップ(源平ゆかりの地map)にスポット投稿します。

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 山門
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 本堂
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 鐘楼
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 二十四輩石仏
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 小松家墓石
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