2021年12月16日 綾川駅 駅 名:綾川駅乗り合わせた電車内鉄道会社:高松琴平電気鉄道路線名:琴平線駅構造:単式ホーム1面1線 無人駅開業日:平成25年(2013)12月15日開業住 所:香川県綾歌郡綾川町萱原解説等:高松琴平電気鉄道「綾川駅」が開業歴 史:琴平線では2番目に新しい駅。文化財:資料等:Wikipediaなど撮影日:2021年12月10日近隣施設:イオンモール綾川 タグ :#綾川駅#綾川町#琴電#高松琴平電鉄
2021年01月07日 滝宮公園 滝宮公園 住 所:香川県綾歌郡綾川町滝宮公園分類:広域公園面 積:入園料:無料休 日:無休電 話:087-876-5282管理者:綾川町開 園:H P:綾川町、資 料:上記HPなど、解説等 香川県中部に流れる二級河川綾川の河川敷に広がる水辺の公園。春にはソメイヨシノが咲き誇る花見のスポットで有名です。公園内に製粉をした水車小屋もあったようですが、現在は建屋は残っておらず忘れられてしまっているようです。 尚、公園上部には、香川県唯一のコンクリート製開腹アーチ橋の滝宮橋が現役で残っている。(平成23年度選奨土木遺産認定、香川県の近代化遺産)。四国新聞社選定「讃岐百景」駐車場:無料撮影日:2020年9月20日近隣施設:綾川町、滝宮天満宮、道の駅「滝宮」、滝宮橋右の森が滝宮神社ここ辺りに滝があったらしい水車小屋があった跡 タグ :#滝宮#滝宮公園#讃岐百景#府中湖
2017年04月06日 羽床辰蔵の墓 羽床辰蔵の墓 住 所:香川県綾歌郡綾川町羽床下 場 所【マピオンマップ↓↓↓↓】 https://www.mapion.co.jp/m2/34.23045868075278,133.9044195227193,19 由 来 讃岐三大仇討ちの一つ。【讃岐三大仇討とは羽床の研辰、丸亀の田宮坊太郎、観音寺の白縫(しらぬい)のことである。】 解 説:辰蔵は刀研師で酒癖が良くなかった。お客と嫁の不倫で怒り狂って二人とも切り捨てた。嫁の不倫相手の弟たちに仇討ちに遇ってしまう。この話は、歌舞伎にもなったようです。 人物像&経緯を下記のアドレスで詳細を読んで下さい。 http://gyokuzan.typepad.jp/blog/2013/07/%E7%A0%94%E8%BE%B0%E3%81%AE%E8%A8%8E%E3%81%9F%E3%82%8C.html http://www.osaka-geidai.ac.jp/geidai/research/laboratory/bulletin/pdf/kiyou36/kiyou36_03.pdf#search=%27%E7%BE%BD%E5%BA%8A%E8%BE%B0%E8%94%B5%27 資 料:綾南町誌(現綾川町)など 撮影日:2016年2月3日 タグ :#香川県
2016年02月04日 羽床(はゆか)城址 城 名:羽床(はゆか)城址 住 所:香川県綾歌郡綾川町羽床下 城 郭:平山城 築城主:羽床資高 築城年:平安時代末治承年間(伝) 廃城: 解説等: 羽床城は中世香川の有力武士である羽床氏の居城である。 羽床氏は、讃岐藤原氏の祖である綾大夫章隆の子資高が羽床荘司に任じられ、その子重隆も羽床一帯に勢力をもち、羽床藤大夫と称して讃岐藤原氏の嫡流を継ぐとともに、羽床氏の祖となった。香西氏、福家氏は羽床氏の庶流である。 羽床氏は羽床を中心として勢力を誇ったが、南北朝期に南朝方となったため、北朝方の香西氏が有力となって、香西氏の陣代を務めるなどしたが、天正六年(1578)香西伊賀守佳清が羽床伊豆守資載(すけとし)の娘を離縁したことから両者が対立・抗争した。しかし、翌年には土佐の長宗我部元親に屈し、資載は天正十年に十河城攻めの陣中で病死した。このため資載の子資吉が家督を継いだ。資吉は、豊臣秀吉から讃岐領主に任じられた仙石権兵衛秀久に従って島津攻めに出陣したが天正十四年に戦死し、羽床氏の直径は途絶えた。 発掘調査が行われてないので確定してない。城郭、土塁、壕(埋まって登山道になっている)など、地元民が年二度ほど竹や草木などを伐採保存に努めている。早く調査が完了して絵図を作ってほしい。 資料等:現地説明板&綾川町図書館蔵綾南町誌(現綾川町)、聞き取りなど 写真は2016年2月3日撮影 近隣施設:本法寺、大林古墳、羽床繁蔵の墓関連BLOG:日本百名城の旅様BLOG 民家の農機具庫の前から上っていきます。 壕跡 タグ :#歴史
2013年04月11日 琴電滝宮駅本屋 滝宮駅本屋 香川県綾歌郡綾川町滝宮 琴電滝宮駅は、琴平電鉄(現琴電琴平線)の停車場として建設され、大正十五年十一月三十日に竣工した。の十二月二十一日に栗林公園~滝宮間がまず開通しているため、当初は暫定的な終着駅であった。 駅本屋の設計者は明確ではないが、社長の大西虎之介が阪急・阪神・南海電鉄の駅本屋を見聞して、各駅本屋の設計にあたったとされる。施工者の早谷川栄については、情報がなく詳細不明である。 線路の西側に南面して建つ平入りの建物で、梁間9,095m、桁行5,46mを測る。屋根は袴腰屋根で、急勾配に噴き下ろされる。正面(南面)出入口上には千鳥に袴腰屋根が突き出し、妻壁は方丈で支えられる。屋根瓦は噴き替えられているが、当初から洋瓦葺きであった。外壁は妻部も含めて現在では下見張りであるが、竣工時の写真及び設計図ではモロタルスタッコ壁に柱を装飾的に露わにするハーフチンバーでまとめられている。 内部の間取りは、正方形(5,46×5,445m)の待合室と、その奥の3畳に出札室と宿直室、一回り大きな駅長室からなる。待合室南が出入り口で、東側が改札口で葺き降ろされた下屋を経てホームに連絡する。下屋南側は集札口であったが、現在は閉鎖されている。 滝宮駅本屋は、屋根の形状や外壁の仕上げに大正期の住宅と共通する要素をもつ、瀟洒な建物である。これは一部を除いて琴電琴平線(旧琴平電鉄)に共通した傾向であり、ほぼ同時期のJR琴平駅本屋や善通寺駅本屋よりも記念碑性が希薄で私的な意匠表現といえる。この点に、大正末期の私鉄駅本屋の特徴がよく表れていると評価出来る。 参考文献 高松琴平電気鉄道株式会社社史編さん室1970『60年のあゆみ』 以上の文は香川県立図書館蔵『香川県土木史』より転載しました。 近代化産業遺産 平成20年度 経済産業省 写真は、2013年4月9日撮影 場所は、ノートスポット『鉄道駅などのmap』にスポット投稿します。 タグ :#香川県