四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 愛媛県四国中央市

三島公園
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住 所:愛媛県四国中央市中曽根町53?1

公園分類:都市公園
面 積:11万1千平方m
詳 細:遊戯広場、ピクニック広場、遊歩道などがあります。 2011年に三島公園は全面芝生化され、ゆっくり座れるようになり、子供たちが遊べる遊具も設置され、より利用しやすくなりました。 春には約500本の桜が開花し、瀬戸内海の眺望と一緒に楽しむことができ、4月下旬から5月中旬にはツツジも見頃を迎えます。 
 三島公園から眺める絶景が四国八十八景に選ばれました)
 映画「書道ガールズ」のロケ地。
 古墳群
入園料:無料
休 日:無休
電 話:0896-23-3518
指定管理者:
開 園:
H P:
資 料:市役所HP、Wikipediaなど、
駐車場:無料
撮影日:2022年3月9日

神社名:川之江八幡宮Ⅱ

塩見灯籠
 一柳川之江藩の廃絶後、川之江は天領となった。
 以後、明治期にかけ、上方や向かいの地との交易も盛んで多くの廻船業者により当地の物産が送り出され、瀬戸内交流の要所であった。古地図を繙(ひもと)くと、この辺りは入り江をなし船溜まりであった。
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土佐灯籠
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一柳陣屋門 登録有形文化財(建造物)平成12年09月26日登録
 寛永年間に川之江を治めた一柳直家が建設した陣屋の表門と伝え、直家没後に天領となり、川之江八幡神社に移されたと考えられる。入母屋造、総2階建で1階左を門構え右を詰所とし2階は2室にわける。地方の小藩における陣屋建築の一端を示す遺構。≪文化遺産オンラインさまより≫
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こんぴら街道
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多くの句碑がある
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祭 神:足仲彦天皇・品陀和氣命・息長足姫命
創 建:
創 基:
社 格:県社
住 所:愛媛県四国中央市川之江町2527

電 話:087-847-2001
由 緒
 推古天皇の6年に豊前国宇佐本宮より御分霊を勧請したという。
 当初は川之江市金生町山田井霧山に鎮座、その後、後冷泉天皇康平年間に伊予守源頼義が川之江町畠山に社殿を造営し、治暦元年8月13日に奉還した。
 予章記による「頼義お務めの時、彼の命に任じ、八ヶ所の八幡宮を建立す」の伊予国内八ヶ所八幡社の一社である。奉還の際、頼義より幣帛、神饌、大刀、弓箭等の献納あったが、正保3年12月社殿焼失し、旧記、宝物等の大半を失った。畠山は水利の便が悪く、将来を顧慮して慶安元年現在の社地に社殿を新築した。その際、足仲彦天皇、気長足姫命を勧請合祀し、川之江城主川上但馬守より畑三百石、土佐山内公より石燈籠の寄進あり、一柳美作守も篤く崇敬したが、嘉永4年に再び社殿焼失し、村民協力し辛苦の末、八ヶ月を要して安政5年3月2日再興、遷座した。明治5年郷社となり、同13年11月県社に列格する。
H P:
文化財等:
駐車場:無料
撮影日:2021年10月18日
資料等:現地説明版、愛媛県神社庁HPなど、

神社名:川之江八幡宮

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大石鳥居
 当神社が畠山から現在地に遷座されたとき、大庄屋「三宅七郎右衛門家経」によって献ぜられた。一石造りの笠石が特徴となっている。規模・古さともに現存する鳥居としては全国二番目である。
 形式 明神型
 高さ=約5m 幅=約3m
 川之江市指定文化財 昭和59年3月8日指定
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祭 神:足仲彦天皇・品陀和氣命・息長足姫命
創 建:
創 基:
社 格:県社
住 所:愛媛県四国中央市川之江町2527

電 話:087-847-2001
由 緒
 推古天皇の6年に豊前国宇佐本宮より御分霊を勧請したという。
 当初は川之江市金生町山田井霧山に鎮座、その後、後冷泉天皇康平年間に伊予守源頼義が川之江町畠山に社殿を造営し、治暦元年8月13日に奉還した。
 予章記による「頼義お務めの時、彼の命に任じ、八ヶ所の八幡宮を建立す」の伊予国内八ヶ所八幡社の一社である。奉還の際、頼義より幣帛、神饌、大刀、弓箭等の献納あったが、正保3年12月社殿焼失し、旧記、宝物等の大半を失った。畠山は水利の便が悪く、将来を顧慮して慶安元年現在の社地に社殿を新築した。その際、足仲彦天皇、気長足姫命を勧請合祀し、川之江城主川上但馬守より畑三百石、土佐山内公より石燈籠の寄進あり、一柳美作守も篤く崇敬したが、嘉永4年に再び社殿焼失し、村民協力し辛苦の末、八ヶ月を要して安政5年3月2日再興、遷座した。明治5年郷社となり、同13年11月県社に列格する。
H P:
文化財等:
駐車場:無料
撮影日:2021年10月18日
資料等:現地説明版、愛媛県神社庁HPなど、

宇摩向山古墳1号墳
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所在地:愛媛県四国中央市金生町下分乙18−2

築造期:古墳時代終末期(7世紀前半)
特 徴:墳形:長方形墳 墳丘規模:東西70m(復元)×南北46m 石室規模:全長10.8m 玄室:高さ3.9m 幅2.5m 高さ2.6m
資料等:現地説明板、Wikipediaなど、
文化財:平成二十三年(2011)9月21日国の史跡指定
解説等:四国中央市川之江の金生川の東岸の丘陵先端部に築造された大型長方形墳である。開口部は南側で玄室内は側壁の石は鏡石より大きい。結晶片岩の巨石が使用されているようで、何処から運ばれてきたのでしょうか。トラックや重機もない時代なのに。
 尚、柵が設けられていているが、立ち入り禁止の表示もない。
駐車場:無料
撮影日:2021年10月18日

細川家住宅

住 所:愛媛県四国中央市富郷町津根山352-7

電 話:
文化財指定:四国中央市指定保存建造物 (平成2年7月1日指定)
建築年代:明治15年(1882)
改築等:平成2年に現在地に移築保存
用途区分:山村農家・旅籠
残存建物:主屋
公開状況:無料公開
休館日:火・水曜日、冬期休館(12月25日~2月末日)
開館時間:10:00~16:00
沿革等
 農業の傍ら旅館業も営んだことから、山村部の民家ながら座敷が整い、約36坪の建坪を有する規模の大きな建物である。
H P:
撮影日:2012年10月16日・2020年8月9日
近隣施設:四国中央市富郷ダム水ヶ滝翠波高原2014秋


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↑ 2012年10月16日撮影
↓ 2020年8月9日撮影
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