神社名:御所神社
祭 神:素盞鳴命・土御門上皇
創 建:
創 基:
社 格:旧村社
住 所:徳島県阿波市土成町吉田
祭 神:素盞鳴命・土御門上皇
創 建:
創 基:
社 格:旧村社
住 所:徳島県阿波市土成町吉田
電 話:
由 緒
古くは吹越天皇社と云われ、吹越天王縁起によれば、天禄年間(970年頃)に高林坊盛尊が讃岐国鵜足津浦(現宇多津町)から吹越天王の尊像奉じて奉祭の霊地を探究し当地に至り、神のお告げにより岡の山に奉祭さんことを思い、領主「原田義富」、「三木景久」と相議り共に願主となり一社を造営し奉斎したものと伝えている。大正2年(1913)にに村内28社を合祀、昭和32年(1957)に御所屋敷に鎮座していた御所神社を合祀し、社名を現在の御所神社と改めた。
元禄九年(1696)神宮寺別当「順雄」は年々宮川内谷川の洪水のため宮地の崩れるを憂い、現在の宮地に奉遷したという。
明治の廃仏毀釈運動で神仏習合時代が終焉。明治四十一年村社に列せられ「吉田の天王さん」と近郊の人々に親しまれ、庶民の信仰篤いお社あった。
解説等
当地は土御門上皇の終焉の地と伝えられており、その御神霊を奉っている。承久の乱の後、土御門上皇は後に阿波国に遷り、嘉禄3年(1227)に土成町吉田の御所屋敷に行宮を営まれたと伝わる。寛喜3年(1231)に37歳にしてこの地で崩御された。
文化財等:
駐車場:無料
撮影日:2019年4月5日
資料等:現地説明版、Wikipediaなど、
近隣施設:神宮寺、
由 緒
古くは吹越天皇社と云われ、吹越天王縁起によれば、天禄年間(970年頃)に高林坊盛尊が讃岐国鵜足津浦(現宇多津町)から吹越天王の尊像奉じて奉祭の霊地を探究し当地に至り、神のお告げにより岡の山に奉祭さんことを思い、領主「原田義富」、「三木景久」と相議り共に願主となり一社を造営し奉斎したものと伝えている。大正2年(1913)にに村内28社を合祀、昭和32年(1957)に御所屋敷に鎮座していた御所神社を合祀し、社名を現在の御所神社と改めた。
元禄九年(1696)神宮寺別当「順雄」は年々宮川内谷川の洪水のため宮地の崩れるを憂い、現在の宮地に奉遷したという。
明治の廃仏毀釈運動で神仏習合時代が終焉。明治四十一年村社に列せられ「吉田の天王さん」と近郊の人々に親しまれ、庶民の信仰篤いお社あった。
解説等
当地は土御門上皇の終焉の地と伝えられており、その御神霊を奉っている。承久の乱の後、土御門上皇は後に阿波国に遷り、嘉禄3年(1227)に土成町吉田の御所屋敷に行宮を営まれたと伝わる。寛喜3年(1231)に37歳にしてこの地で崩御された。
文化財等:
駐車場:無料
撮影日:2019年4月5日
資料等:現地説明版、Wikipediaなど、
近隣施設:神宮寺、