寺 名:如意山 文殊院 地蔵寺
創 建:伝飛鳥時代
開 祖:薗子尼
宗 派:真言宗善通寺派
住 所:香川県さぬき市志度545
電 話:087-894-1196
由 緒
室町時代前期の創建とも伝えられる。真言宗御室派に属していたが、善通寺が本山になってより善通寺派となる。
開祖は志度寺本尊を開眼し同寺を創建した薗子尼(そのこあま)である。後世に至り園子尼の化身である文殊菩薩を安置し、さらに地蔵菩薩を祀ったので、現在の寺名を称えるようになった。
往古は志度寺を開いた願主・薗子尼が住んでいたので「薗子屋敷」といい、また「文殊屋敷」とも呼ばれた。
日本廻国六十六体尊を祀る寺
地蔵寺には、当寺中興の祖、密英が日本迴国六十六部巡礼を果たして奉納した一国一仏の仏像六十六体が祀られています。
日本迴国六十六部とは、鎌倉時代から江戸時代まで続いた全国を廻る巡礼です。明治以前、わが国は、六十六ヵ国に分かれており、その国ごとにいずれかの一寺社に詣で、法華経を奉納して納経帳に請取証を貰うのがこの巡礼の建前でした。
密英は宝永二年(1705)から約三年をかけて全国をかけて全国を廻り、納経帳を遺しました。さらに享保十年(1725)、全国六十六ヵ国の納経寺社の本尊・本地佛とし六十六仏を建立しました。
三世紀以上前の納経帳が遺るだけではなく、諸国霊場の六十六体の仏像を祀る寺院は、全国でもほとんど類例が無く、これらは当時の巡礼を知る貴重な歴史資料です。
史跡と伝説の寺
景行天皇二十三年、土佐の海に棲んでいた怪魚が瀬戸内海にはいりこみ神出鬼没、時には海岸にまで押し寄せて悪事を働いていた。天皇は心配して、日本武尊の御子霊子に討伐を命令した。悪魚退治に成功した霊子は、天皇より褒美として讃岐一国を貰い受け国司となり、里人から讃留霊王(さるれおう)と呼ばれた。後に悪魚の祟りを恐れた里人が、お堂を建て地蔵菩薩を安置したのが地蔵寺(別名魚霊堂)の始まりだと伝えられている。
開祖は、文殊菩薩の化身といわれる薗子尼で、近江の国より流れてきた霊木から志度寺本尊十一面観音を刻ませたお方で、当寺が志度寺の奥の院といわれる由縁である。
宝 物:
札 所:第86番札所奥の院
資 料:現地説明版、下記HP参照など
駐車場:無料(少ない)
撮影日:2025年8月9日































































































