塩竃神社 祭神 大綿津見神(海の神)
香川県坂出市常磐町2丁目
聖通寺山中腹にある鹽竈神社は、文政11年(1828)、坂出塩田の安全・繁栄を祈願して、宮城県塩竈市の
香川県坂出市常磐町2丁目
聖通寺山中腹にある鹽竈神社は、文政11年(1828)、坂出塩田の安全・繁栄を祈願して、宮城県塩竈市の
鹽竈神社から、中湛甫の地に勧請したものです。天保8年(1837)、新たに社殿を明神町(現:中央町)に建立
しましたが、旧国道11号線(現:県道33号線)の拡幅に伴い、昭和39年(1964)10月坂出塩田を一望する聖通寺
山中腹に移築されました。
境内には久米通賢と松平頼恕を祀る坂出神社があり、通賢や津島寿一の銅像もあります。
境内には久米通賢と松平頼恕を祀る坂出神社があり、通賢や津島寿一の銅像もあります。
由緒
当神社は文政十一年(1828)高松藩主、松平頼恕公が、坂出の塩田の安全と繁栄を祈願して、塩田の開墾
当神社は文政十一年(1828)高松藩主、松平頼恕公が、坂出の塩田の安全と繁栄を祈願して、塩田の開墾
に当たった久米通賢翁に命じて中湛浦(現・築港町一丁目)に奉斎したのが始まりです。
その後、天保八年(1837)塩田構築による坂出の急速な発展に鑑み、坂出市文明町(現・中央町坂出市立
その後、天保八年(1837)塩田構築による坂出の急速な発展に鑑み、坂出市文明町(現・中央町坂出市立
中央小学校北隣)に遷宮、さらに昭和三十九年(1964)、旧国道十一号線の拡幅に伴い境内内地が狭くなる
ため、坂出市を一望する聖通寺山中腹に再遷宮し奉り現在に至っています。
一七〇余年に二度も遷宮することになったのも、偏に塩業の繁栄による坂出市発展の起因するものです
一七〇余年に二度も遷宮することになったのも、偏に塩業の繁栄による坂出市発展の起因するものです
。
文はゼンブル様HP&古のさかいでHPなどより転載しました。
写真は2013年4月24日撮影
場所はスポットノート『神社祠map』に投稿します。
文はゼンブル様HP&古のさかいでHPなどより転載しました。
写真は2013年4月24日撮影
場所はスポットノート『神社祠map』に投稿します。


本殿


しほがま桜(国指定天然記念物継木)

盬窯記念館

地神社と地神井戸
http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/37777972.html
西光寺支坊の通賢の墓
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31559810.html
坂出市郷土資料館と久米通賢
http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/31384511.html
久米 通賢碑と墓
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31517048.html .
阪出墾田之碑
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31602098.html
坂出の地名の語源は「宇多津の田尾坂を上って出た場所」と言う事。
明治23年(1890)2月15日 町村制施行に伴い、阿野郡坂出村(さかいでむら)が町制施行し、坂出町(さかいで
http://blogs.yahoo.co.jp/takamaturocky/37777972.html
西光寺支坊の通賢の墓
http://blogs.yahoo.co.jp/sanukimesatobuttestyle/31559810.html
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久米 通賢碑と墓
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坂出の地名の語源は「宇多津の田尾坂を上って出た場所」と言う事。
明治23年(1890)2月15日 町村制施行に伴い、阿野郡坂出村(さかいでむら)が町制施行し、坂出町(さかいで
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