【金剛山・藤井寺】 |
弘法大師四十二歳のとき、自他ともに厄難を除こうと薬師如来像を刻み、飯尾の郷に于堂を建立して本尊とされた。さらに金剛不壊の護摩壇を300m山上の八畳岩に敷き、17日間の修法を行い、しかる後于堂の前に五色の藤を植えたという由緒から、現在の山号、寺号となる。
永遠不滅を祈願して建立した藤井寺はその昔、七堂伽藍が建ち並んで荘厳を極めたと伝えられる。が、天正の兵火、天保3年の火災で堂塔、寺宝のことごとくを焼失。両度の火災でも本尊は不思議にも危難を免れている。現在の伽藍は万延元年の再建である。
文は四国八十八ヶ所詳細地図帖などより参照しました。
写真は、2011年1月4日撮影
場所はワイワイマップにスポット投稿します。
仁王門
本堂
大師堂
鐘楼
白龍弁財天堂
河野清弥太像
昭和10年頃から荒廃していたお寺を奉仕者を募って再建させ、新八十八ヶ所、西国三十三観音をも再興した中心人物のようだ。
此処から12番への遍路道が続く
本堂
大師堂
鐘楼
白龍弁財天堂
河野清弥太像
昭和10年頃から荒廃していたお寺を奉仕者を募って再建させ、新八十八ヶ所、西国三十三観音をも再興した中心人物のようだ。
此処から12番への遍路道が続く
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