【度々山・善楽寺】 |
初め、土佐一の宮の別当寺に、善楽寺と神宮寺があったが、明治初年の神仏分離令によって両寺とも廃された。
のち、安楽寺が一の宮の本地仏「阿弥陀如来」を祀って30番札所を名乗り、さらに昭和4年に善楽寺が再興されて、30番札所を名乗ったがため、一時札所間に争いが生じたが、弘法大師開創1150年の大法会を機に協定が結ばれた。
善楽寺が四国30番霊場の開創と云う事になり、納経御影などを統一して30番を名乗る事になった。
尚、安楽寺は従来の札所番号を返納して、30番の奥の院となった。
土佐一の宮の土佐神社横にあって古刹ではありません。
文は四国八十八ヶ所詳細地図帖より転載しました。
写真は、2010年12月8日撮影
場所はワイワイマップにスポット投稿します。
土佐神社よりの入り口

本堂

大師堂

子安地蔵堂

梅見地蔵
文化13年(1816)に作られたこの地蔵さまは首から上の病気に利益が言い伝えられており、脳の病気(呆け、ノイローゼ)、目、耳、鼻、また試験合格、学問向上を願う方々で御詣りが絶えません。
以前は大師堂梅の木の下にあり、梅の花を仰ぎ見る姿であったことから「梅見地蔵」と名付けられたました。整地の都合で現在の所にお移り頂いたご利益は変わりなく多くの方の尊崇を得ております。
文は現地説明板より転載しました。

ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「空海」で検索→《空海ゆかりの地と四国八十八ヶ所+別格二十霊場MAP》を スクロールで選定する。

本堂

大師堂

子安地蔵堂

梅見地蔵
文化13年(1816)に作られたこの地蔵さまは首から上の病気に利益が言い伝えられており、脳の病気(呆け、ノイローゼ)、目、耳、鼻、また試験合格、学問向上を願う方々で御詣りが絶えません。
以前は大師堂梅の木の下にあり、梅の花を仰ぎ見る姿であったことから「梅見地蔵」と名付けられたました。整地の都合で現在の所にお移り頂いたご利益は変わりなく多くの方の尊崇を得ております。
文は現地説明板より転載しました。

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