四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 高知県梼原町

 まちの駅「ゆすはら」 
 
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高知県高岡郡梼原町梼原

☎0889-65-1117 
営業時間 8:30~18:00(冬季は17:00迄)
 町役場と同じ建築家「隈研吾氏」の作品で、地域物産展示場及び滞在宿泊施設を兼ね備えた木造3階建(一部RC造)の施設です。 1階は「雲の上の町ゆすはら産品市場(マルシェ)」2階3階は「雲の上のホテル別館/マルシェ・ユスハラ
 梼原町は、太陽光や風力など自然エネルギーを利用した施設が町内各所設置されています。現在、町内で使う電気の約3割は自然エネルギーで賄っているそうです。将来は町内で使う電気の全てを賄うばかりでなく町外へも電気を供給できる町を目指しているようです。
 この施設(まちの駅)も例外でなく、太陽光発電設備により太陽光エネルギーから電気をつくり施設内電源を賄います。また、ペレットストーブの設置により、脱化石燃料を図り地球温暖化対策に貢献します。それと、電気自動車充電施設整備により、CO2排出がない環境に配慮した自動車への対応を図っています。町内産木材を内外装に活用することにより、森林整備促進を図り、低炭素社会実現に貢献します。

 ゆすはら「まちの駅」お勧め産品は、☆お山のドレッシング400ml ☆ランプシェード土佐の匠 ☆ゆずみそ200g ☆柚子(+生姜)ジャム120g ☆ししまる味噌800g ☆ダマスカスナイフ土佐の匠 ☆鷹取キムチ300g
☆キジ鍋セット ☆こだわり焼き肉のたれ300ml ☆梼原高校の生徒さん手つくり「かけ箸」 ☆産直野菜など
 http://www.y-marche.jp/cat_ichiba/
 梼原町観光案内所も併設。
 以上の文は、町のパンフレットより転載しました。
 写真は、2013年10月2日撮影
 2022年4月21日補足編集

 三嶋神社 祭神:大山祗命 高知県高岡郡梼原町
 津野山郷の開祖「津野経高」は、梼の木の多いこの地を梼原と名づけ、延喜十九年(919)竹の薮より移り居城を築き梼原宮首に伊豆(静岡県)より三嶋大明神を観請したといわれている。また、「藤原純友」の乱のとき、伊予(愛媛県)河野氏に協力そて純友征伐に向い、伊予三嶋大明神も勧請して祀ったと伝えられている。慶応四年(1868)三月、三嶋大明神を三嶋神社と改称、明治四十年(1907)明治四十四年(1911)に梼原地区無格社二十一社が合祀された。現在の本殿は享保三年(1803)、拝殿は明治二十三年(1890)に再建されている。拝殿の彫刻物は山口県の大工「中本喜作」の作である。
 境内には津野家代々を祀る「津野神社」「朝鮮松(ハリモミ)」桂月大町芳衛書の「鎮座千年碑」、木で作られた「神馬」もある。 
 龍馬もこの神社の前の道を脱藩して伊予に入っていったのだそうです。
 参道の橋「御幸橋」http://blogs.yahoo.co.jp/attractmarket/9962378.html
 文は、現地説明板より転載しました。
 写真は、2013年10月2日撮影
 場所は、スポットノート『神社祠map』に投稿します。
 
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吉祥寺へ
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 維新の門群像 高知県高岡郡梼原町
 近代日本の魁となった土佐勤王党の志士の偉業は、筆舌に尽くし難く、誠に偉大なものであります。
 維新の里といわれる檮原からも。吉村虎太郎、那須信吾、那須俊平、前田繁馬、中平龍之助、掛橋和泉の六志士を輩出し、又、維新回転の立役者である坂本龍馬も風雲急を告げる中盟友澤村村惣之丞と共に当地の那須邸に投宿し、酒を酌み交わしながら時局を談じた後、那須父子の案内で韮ヶ峠を経て土佐を脱藩し、維新回転の奔流に身を投じました。
 これに前後して、土佐勤王党の数多くの志士たちも、宮野々関門を経て九十九曲峠を越え、激しい時代のうねりの中に次々と散華してゆきました。
 封建社会から近代社会への黎明を告げた彼ら明治維新の志士たちの偉大な功績のの顕彰と。過疎、高齢化社会の現代にあって、農村村は今や崩壊の危機に瀕しており、このような中で次代を担若者たちに、この伝統と誇りを持ち、更なる地域の発展を願って、平成四年八月三日、維新の門群像建立委員会を組織し、八志士の群像の建立地を、日本最後の清流四万十川源流、梼原川の高台であり、志士たちの旅立ちの地でもある、此所和田城址と定め、募金活動を進めてまいりました。
 そして、この趣旨に御賛同賜り貴重な浄財を御寄せいただきました全国各地の皆様方の熱い思いは、寄付金総額1億373万4814円となりました。
 又、群像製作を担当されました浜田浩造先生には、緻密な時代考証と優れた芸術性をもって渾身の情熱を注がれ、昼夜を分たぬ御努力の中で、立派に完成いただきました。その間、顧問並びに委員の方々には、その豊富な見識により貴重な御助言を賜りまして、平成七年十一月十一日、待望の除幕を迎えることができましたことに対して、深甚の感謝を申し上げます。
 ここに、御寄附いただきました皆様方の御芳名を記し、衷心よりのお礼と致します。
 最後に、この維新の門の建立を契機として、檮原町と全国の皆様との新しい交流が広がることを切に願うもの
であります。
 平成八年三月二十四日  維新の門群像建立委員会 現地説明板より転載しました。
 写真は2013年10月2日撮影
 場所はスポットノート『銅像や記念碑map』に投稿します。
 
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 雲の上の町 ゆすはら
 梼原町は高知県高岡郡の四万十川上流域にある町です。
 梼原町は、愛媛県との山深い小さな町でが、一歩先行く姿にみはる。ひとつは、世界的建築家の「隈研吾氏」が手がけた建築物が四つもあることと、もう一つは、福島原発事故の遥か前に、自然エネルギーの価値に気づいていたことだ。
 町総合庁舎(2006年完成)は、隈研吾氏作品で、木とガラスを組み合わせた外観が印象的で中は杉の香りが漂っているそうです。2970.79㎡
 梼原に自然エネルギーを呼び込んだのは、1997年から3期町長を努めた「中越武義氏」だ。風車をはじめ、梼原川の落差を生かした小水力発電所などを次々と整備した。町は4年前、2050年までにエネルギー自給率100%を達成する「行動計画」を決めた。
旧梼原村役場庁舎 Oid Yusuhara village Office
建築:明治24年(1891)
移築:昭和53年(1978)
構造:木造瓦葺2階建
延面積:164.0㎡
設計:国枝延寿(越智面出身)
 東町の庄屋屋敷跡に初代梼原村(旧西津野村)役場庁舎として建築。昭和10年(1935)まで役場として使用されていました。
 南町に新庁舎が完成した後は、孝山塾青年学校・梼原農林学校・梼原高校の一部として使用され、昭和39年(1964)からは民具資料館として開館しました。
 その後、昭和53年(1978)、現在地に移転して、歴史民俗資料館別館として様々な民具を展示しています。
 文は、現地説明板より転載しました。
 写真は、2013年10月2日撮影
 場所は、スポットノート『古建築物map』に投稿します。
 
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 梼原町総合庁舎
 1968年建設された鉄筋コンクリート造の町役場が老巧化したことから、「防災の拠点機能」、「住民の利便性」、「梼原産木材の利用」を考慮し、行政、議会を含む庁舎用途にJA、銀行、商工会を加え、延床面積3000㎡、地上2階、一部地下1階、梼原町総合庁舎として2006年10月に完成した。外観は柱、梁、内部仕上げだけでなく、外部仕上げにも地場産の杉材をふんだんに使用し、温かい木のぬくもりに包まれた庁舎とした。柱、梁、床等の主要構造部は、地震力の負担のため、一部をRC造としたハイブリット構造とし、地震災害時等の活動拠点となることも考慮して、基準となる地震力を割り出し、耐震性を高めた。
 南側の大きな開口部は木製パネルによりガラス面積を調整し、床からの空調や床暖房といった大空間に適した設備により、快適なアトリウム環境を目指し、エコマテリアルによる断熱、日射遮蔽により、熱負荷低減と良好な室内温熱環境の実現の両立を狙った。梼原産材で作られた木製サッシに、Low-E複層ガラスを組み合わせ、ベネシャンブラインドには、スラット自体に断熱性を持ち、結果的に日射遮蔽工科が高い木製ブラインドを採用した。etc。
 屋根には、太陽光発電パネルによる二重屋根を使った太陽熱集熱と合わせて、外気負荷を低減し空調用エネルギー消費量を削減している。夏季の太陽光パネルの温度低下により、発電効率向上も同時に狙った。
用途:総合庁舎(町役場、銀行、農協、商工会)
敷地面積:6,020.94㎡
建築面積:1,628.25㎡
階数:地上2階、当夜1階、地下1階
高さ:軒高12.67m 最高13.01m
構造:木造(一部RC造)
後期:2005年5月~2006年10月
建築主:高知県高岡郡梼原町
設計監理:学校法人慶応義塾
建築設計:株式会社隈研吾建築都市設計事務所
総合施工:飛島、ミタニ建築工事共同企業体
設備施工:株式会社四国電工
隈研吾プロフィール http://kkaa.co.jp/about/kengokuma/
特集 環境と建築材料
財団法人建材試験センター 建材試験情報1’09より転載しました。
(慶応義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授 伊香賀 俊治氏)
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さざれ石(石灰角礫岩)
石灰岩が粉砕されて堆積した崖錐(がいすい、talus)に、石灰分を含んだ水が流下して再固結したものである。本町では、四万十川源流の丸野公園付近に分布している。一名「子持ち石」ともいう。「君が代」にいう「さざれ石の巖となりて、苔のむすまで」とは、このさざれ石のように小石が集まって岩になるさまをいたったものである。
文は、現地説明板より転載しました。
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