四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 香川県三木町

名 称:和爾賀波神社のモミ
樹木名:樅
指定区分:香川の保存木 170
指定日:平成18年12月28日
調査日:2011年6月10日
樹 齢:伝樹齢約150年
樹 高:24.0m
胸高径:2.8
枝張り:東西:10.5m 南北:10.0m
場 所:社殿側
解 説:幹の途中から2つに枝別れしているが、モミ独特の樹形を保っている。(2006年)
住 所:香川県木田郡三木町大字井戸1582
マップ↓↓↓↓
https://www.mapion.co.jp/m2/34.25641170187816,134.16458575050063,19
資 料:香川の環境WEBなど、
撮影日:2018年6月3日
関連記事:和爾賀波神社

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三木まんで願鏡
住 所:香川県木田郡三木町鹿伏
マピオンマップ↓↓↓↓
解説等
 万華鏡放映時間:午前6時~午後10時
 三木町誕生60年を記念し製作したものです。緑豊かな自然、活力ある産業、笑顔あふれる人々に満ちた三木町が、未来に向かって発展するようにとの願いを込めています。
 癒しの効果もあるといわれる万華鏡の世界、何時訪れても違う表情を見せ、飽きることがありません。
 CGで作られた美しい模様の中には、三木町ならではの写真を使った世界に一つだけの模様や、まれに幸せの黄色い獅子が出現します。刻々と移り行く神秘的な美の世界を探索してみてください。
建設費:全て協賛企業の寄付金です。
製作日:平成25年3月
協 賛:協和化学工業株式会社
製作・協賛:株式会社サンエイ、株式会社LEDグロー、
資料等:現地説明板、
撮影日:2014年10月9日
駐車場:役場駐車場へ

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【頓乗院・願勝寺】
 塚脇山・頓乗院・願勝寺 宗派 真宗大谷派 本尊 木造阿弥陀如来 香川県木田郡三木町下高岡 ☎087-898-0189
 静御前の菩提所として有名である。静が屋島の合戦の四年後、この寺の木に衣を掛けて義経の供養をしたという。静薬師の静のお墓と云うものがあるがこの寺にも墓石があり位牌と共に常に香花が絶えない。梵鐘には著明な彫刻家だった小倉右一郎作の静御前の舞姿が鋳込まれている。
 源氏の武将の一人「佐々木三郎盛綱」は頼朝が義経討追の執念を燃やしている事に嫌気がさして出家、源光坊と名乗り建立したのがこの寺とか、寺にある静の墓は静庵(静薬師)から移したといわれる。
 文は津森明著 義経讃岐を駆けるより転載しました。
 写真は2012年3月19日・29日撮影
 場所はワイワイマップ『源平ゆかりの地map』にスポット投稿します。

 山門を一歩入ると庭を被うクロマツの美観に驚く。幹囲3.9mで樹皮は亀甲状に大きく深く裂けて、中には深さ10cmに達するものがある。主幹は地上1m位で西北に曲がって約2m斜上してから東に転じ、まもなく枝を出しながら直上して樹冠となる。地上2.5m付近から横へ多数の枝を四方に張って東西30m、南北32mに広がり、石柱9本、木柱約50本で支えられている。
 上段は、基部の広がり約50m2で、半球状となって下段に重なり、まるで山高帽子のような形となっている。寺には、静御前の墓があり、この大松は、「静御前の御手植」と伝えられていた。(昭和56年の記録) 香川県保存木であった。枯死で昭和60年3月26日指定解除

 南門
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 山門
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 本堂
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 鐘楼
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 梵鐘のレリーフ
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 静墓
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 旧本堂の鬼瓦
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【来迎山・阿弥陀院・常光寺】
 来迎山阿弥陀院常光寺は単立(浄土真宗)のお寺で香川県木田郡三木町氷上に応安元年(1368)「生駒浄泉」が当地に建立したとされる。末寺が香川・徳島・大阪・京都等七十五寺
 当寺には、数多くの経典と共に、貴重な古文書、古記録、浄土三部経の版木等がある。
 古文章の中でも「記録」と題する帳面47冊は、当寺が高松藩領の真宗寺院の中で重要な地位を占めていたことから当時の動向を知りうる全県的にも注目すべき内容をもつ貴重な資料である。
 また、末寺から提出された帳面「一類書」、明治17年16日、当寺に開校された三木郡公立立教学校(東讃唯一の中等学校)の史料も重要といえる。
 経堂には、「輪蔵」と云われる廻転式経蔵が備えられ、その発明者とされる中国の仏教者「傳大師」が普成・普建の二子を左右にして経論を守っている木像がある。経蔵=三木町指定有形文化財
 文は現地説明板及び香川県のホームページなどWEBから参照しました。
 写真は2010年11月30日撮影
 アクセス:三木町の県道10号と県道42号交差点(福万の交差点)の次の手押し信号機の交差点を右に曲がります。左にお寺が見えます。
 場所は、ワイワイマップにスポット投稿します。
 鐘楼門
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 本堂
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 経堂
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 境内
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 樹齢600年のいちょう常光寺の境内、本堂前には、高さ23.5m、胸高幹周りが3.9m、枝張り東西19.3m南北19.0mの巨大な雄いちょうがあります。この、いちょうの葉の中に「生きた化石」と言われる珍しい筒状(ラっパの形)の葉が1割ほど混じっている。この葉は2億年前の形を受け継いだいちょうの葉の原形で、これが現在の葉に進化したと考えられる。(香川の保存木106 常光寺のイチョウ:右側に木)

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ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「寺院」検索→《歴史的縁の地、文化財、資料館などのMAP》を スクロールで選定する。

<><>静御前と母と侍女の石塔<><>
 鍛冶池は平成の大改修で綺麗になりました。鍛冶池の西に静薬師とゆう小さな庵があり静御前親子が義経と家臣の冥福を祈った所が残っている。(建物は何回も建て替えた)

  その後の静御前
 源義経の愛妾、静御前は文治二年七月末に義経の男児を産むがその日のうちにわが子を殺され、傷心のうちに母とともに京都へ・・・、そしてさらに、磯禅師(母)の故郷、讃岐の丹生小磯(さぬき市の海岸)へと帰ってきた。
 讃岐での静とその母は寺社巡りなどをしていたが、文治四年の春、長尾寺で宥意和尚(ゆうい)から世の無常を諭され、ここで髪を下ろして、母は磯禅尼(いそのぜんに)、静は宥心尼(ゆうしんに)と名乗り、母の縁者がいたこの地にささやかな草庵を結ぶ。やがて静の侍女であった琴路も訪ねてきて、念仏三昧、ひたすら義経とわが子や家来たちの冥福を祈る日々を送った。
 しかし、翌年の暮れ、母の磯禅尼が井戸川のほとりで倒れて亡くなり、それから一年余り後に静も病でこの世を去った。建久三年三月十四日、享年二十四歳だった。
 それから七日目の夜、琴路も女主人の後を追うように鍛冶池に入水して相果てたという。
(なお、義経が屋島の合戦の折り、あのような寡兵で電撃作戦に成功したのも静御前の地縁血縁による支援があったためだと考えられている。) 立て看板より

静薬師
薬師堂は静御前が源義経の菩提を弔った庵であると言い伝えられている。
境内には静御前の墓と呼ばれる石塔がある

アクセス:高松からは県道279号(讃岐広域農道)を亀鶴公園方面に行きます。県道148号交差点を過ぎると次の交差点でしづかの里方面に曲がります。左に熊田池が見え坂道を上がると右側の池が鍛冶池です。
 写真は2009年7月2日撮影

 平成の改修記念碑
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 池の奥(しずかの里方面)
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 静薬師
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 石塔
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 サンポート方面
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 白山
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 嶽山
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