四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 高知県土佐市

名 称:五色ノ浜の横浪メランジュ
住 所:高知県土佐市宇佐町竜
場 所:マピオンマップ↓↓↓↓
https://www.mapion.co.jp/m2/33.42468997640675,133.45716116954824,19
解 説
 高知県土佐市横浪半島の五色ノ浜海岸には、「四万十帯」と呼ばれる海岸プレートが動いて日本列島に付け加わってきた地層(付加体)が分布しています。
 五色ノ浜の横浪メランジュは、このような考え方(プレートテクトニクス学説)を、世界に先駆けて陸上で初めて証明した場所として国内外から高い評価を受け、2011年2月7日に「国の天然記念物」に指定されました。
 「メランジュ」とは、大きさや種類の異なる色々な岩石が無秩序に混在している地層で、「混在」「混合」を意味するフランス語です。
 横浪メランジュの岩石群に含まれる放散虫化石の年代や古地磁器の測定から、この地域には1億3千万年前から7千万年前までの地層が入り乱れて分布していることがわかりました。この地層は、赤道付近の海底で噴出し、プレート運動によって運ばれてきた「枕状溶岩」や放散虫の遺骸が積もって出来た「チャート」、四国付近の陸地から運ばれてきた「砂岩」「泥岩」から成っています。四国沖の海溝で海洋プレートが沈み込む際に、枕状溶岩・チャートの一部がはぎとられ、この砂岩や泥岩の中に切れ切れになって取り込まれ、付加したのです。
 横浪メランジュの北端にある伊坂の鼻を越えた岩場では、「地震断層の化石」を観察できます。
文化財:国指定天然記念物
資料等:現地説明板、
撮影日:2018年2月21日
周辺施設:青龍寺武市半平太像

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

イメージ 20

神社名:琴平神社
主祭神:大物主命
創 祀:江戸時代前期
住 所:高知県土佐市高岡町
マピオンマップ↓↓↓↓↓
電 話:
由 緒
 文化十二年(1815)に武藤到和・平道の父子により編纂された土佐国地誌『南路志』によれば、寛文八年(1668)清滝寺本堂が全焼する火災があった。琴平神社の創建は、火防及び一宇繁栄を祈念して、その後に金毘羅を勧請したと伝えられ、その時期は今から三百二十余年前と推定される。神社本殿は「奉再建山神宮」とある天保二年(1831)の棟札により、構造や風化などからも、この時代のものと推定される。 
解 説
 清滝寺境内に鎮座している。
 本殿は一間社入母屋造り平入りの杮葺きで、正面に一間の向拝を付けている。高知県近世社寺建築の中でも数少ない形式であり、小社ではあるが、この地域の当時の建築技術を示すものとして注目される。全体の形から細部の彫刻に至る意匠も美しく優秀であり、学術的、歴史的にも価値あるものと判断された。
資料等:現地石碑、Wikipedia 
文化財等:本殿:高知県保護有形文化財 平成八年四月三十日指定
撮影日:2016年2月24日
近隣施設:清滝寺

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

四国八十八ヵ所第三十六番札所奥の院
寺院名:独鈷山不動堂
本 尊:波切不動明王
宗 派:
開 創:
住 所:高知県土佐市宇佐町竜601
マピオンマップ↓↓↓↓

電 話:
由 緒:
解 説
 空海は、延暦二十三年唐に渡り、長安の青龍寺で恵果和尚より真言密教の奥義を授けられ、真言八祖となられた。
 帰国に当たり恩師報恩の為一宇を建立したし、最勝の地に留まれと独鈷杵を日本に向かって投げられた。空海四国巡錫の際、当地の古松に懸っている独鈷杵を感得され、此所に一宇を建立、寺号を独鈷山青龍寺として不動明王の石像を安置された。
 以後森厳な行場として信仰を集めている。長年女人禁制であった。
 無論、諸説もあるが、霊場の本義は、いか人々を利益したかである。燕雀安(えんじゃくいずく)んぞ鴻鵠の志を知らんや。歴史について騒ぐこともないであろう。
 【寺号は本尊を安置する御堂。院号は僧衆が住む場所。山号は仏菩薩の威光を現す。】
感 想
 土足禁止が驚き!。スリッパを置いていただいているのだが、使うのは躊躇する。で、素足は痛すぎ、冷たすぎる。

資 料:青龍寺HP、ウィキペディア、現地説明板など
撮影日:2016年2月24日

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

此処より土足禁止
イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7



【独鈷山・青龍寺】
 四国八十八ヶ所霊場第36番・独鈷山(どっこざん)・青龍寺(しょうりゅうちじ)・伊舎那院(いしゃないん)は高知県土佐市宇佐にあるお寺で真言宗豊山派 本尊は波切不動明王(伝空海) 開基は空海

 唐の国へ真言密教の修行に行かれた空海は、彼の地の「恵果和上」から真言の秘法を伝授された。空海は、和上の恩に報いいるため和国に一寺を建立せんと誓願し有縁の地を求めて唐より独鈷杵を投げられた。杵は宙高く舞い上がり、紫雲に包まれて東方へ飛翔した。
 その後、帰国した空海が四国を巡錫中、此の地の山上の老松に杵があるのを見、此の事を嵯峨天皇に奏聞した後一寺を建て、山号を投げた杵に因んで独鈷山と号し、寺号は恩師を偲んで青龍寺と名付けられ、四国三十六番札所に定められた。
 本尊の波切不動明王は、入唐の折り、暴風雨に遭遇した時、風波を切り静めようとし空海が梵字象の波切不動尊を刻んだものであり、それは今も海上の安全、豊漁等に絶大のご利益を施している。
  088-856-3010
 文は四国八十八ヶ所詳細地図帖より転載しました。
 写真は、2011年8月29日撮影
 場所はワイワイマップにスポット投稿します。
仁王門 
イメージ 1

 本堂
イメージ 2

 大師堂
イメージ 3

 鐘楼門
イメージ 4

イメージ 5

境内
イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

 青龍権現
イメージ 10

 蟹ヶ池=土佐市天然記念物
 当地は「ベッコウトンボ及びその生息地」で昭和五十七年五月二十八日、土佐市天然記念物に指定したが、その後生息状況調査では、次第に減少を続け、保護に取り組んだにも関わらず数年後には生息が確認できなくなり、当該指定は適当でない状況となった。
 しかし、湿地が減少し、その希少性が高まりつつある状況下で、蟹ヶ池は県下でも最大級の面積を持ち、サクラダテ等、希少価値を有する湿地植物や生息するトンボの種類も多いので、湿地そのものを指定し、保護することとした。
イメージ 11

イメージ 12

 文は、現地説明案内板より転載しました。

ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「空海」で検索→《空海ゆかりの地と四国八十八ヶ所+別格二十霊場

MAP》を スクロールで選定する。

【医王山・清滝寺】
 四国八十八ヶ所霊場第35番・医王山(いおうざん)・清滝寺(きよたきじ)・鏡池院(きょうちいん)は高知県土佐市高岡町にあるお寺で真言宗豊山派 本尊は木造薬師如来立像(伝行基菩薩)=国の重要文化財(彫刻)明治44年(1911)8月9日指定 開基は行基菩薩

 養老七年(723)巡錫中の行基菩薩が此の地に霊気を感じ、薬師如来を刻んで本尊とし景山密院・釈本寺と名付け開基したのが始めである。
 その後の弘仁年間(801~823)当山に留錫した空海は、寺の北方300mの岩上に壇を築き、七日間に修法を行い、その満願の日に金剛杖で壇前を突くと清水が湧き出て滝となり、溢れて鏡のような池が出来た。
 そこで空海は閼伽井権現、瀧王権現を勧請し、それまでの寺号を現在のものに改められ、四国八十八ヶ所第三十五番札所に定められた。
  088-852-0316
 文は四国八十八ヶ所詳細地図帖より転載しました。
 写真は、2011年8月29日撮影
 場所はワイワイマップにスポット投稿します。
仁王門 
イメージ 1

 楼門天井画=土佐市有形文化財(絵画)
 明治33年(1990)清滝寺楼門建立に際し、地下の画家「久保南窓」の揮毛した天井画「蛟竜図」「天女図」の二組が奉納された。竜は中央二面に続き、天女はその左右二面に描かれ、墨痕鮮やかで流暢濶達な筆致に五区彩色が施されており、近郷天井画の白眉である。 久保南窓(柳太郎)1848~1917
イメージ 2

 本堂
イメージ 3

 大師堂
イメージ 4

 鐘楼 
イメージ 5

 境内 瀧
イメージ 6

 高岳親王塔=高知県史跡指定 
 この寺には平城天皇の第三皇子にあたる高岳親王の逆修塔がある。薬子の乱に連座したとして皇子の任を解かれ、貞観三年土佐の国へ下国し、当寺で修法された後、さらに求法行脚を唐に求められたとて伝えられる人物である。塔は親王の節が幾久しく当山を守護すべしとして建立されたと云う。
イメージ 7

 薬師如来立像
イメージ 8

 琴平神社本殿=高知県有形文化財(建造物)平成八年四月三十日指定
 南路忠によれば、寛文八年(1668)清滝寺本堂が全焼する火災があった。琴平神社の創建は、火防及び一宇繁栄を祈念して、その後に金毘羅を勧請したと伝えられ、その時期は今から320余年前と推定される。神社本殿は、「奉再建山神宮」とある天保二年(1831)の棟札により、構造や風化などからも、この時代のものと推定される。
 本殿は一間社入母屋造り平入りの杮葺(こけらぶき)で、正面に一間の向排を付けている。高知県近世社寺建築の中でも数少ない形式であり、小社ではあるが、この地域の当時の建築技術を示すものとして注目される。全体の形から細部の彫刻に至る意匠も美しく優秀であり、学術的、歴史的にも価値あるものと判定された。
 文は、現地石碑より転載しました。
イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12


ワイワイマップの見方
yahooトップページ→地図→ワイワイマップ→「空海」で検索→《空海ゆかりの地と四国八十八ヶ所+別格二十霊場MAP》を スクロールで選定する。

↑このページのトップヘ