四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 愛媛県四国中央市

細川家住宅

住 所:愛媛県四国中央市富郷町津根山352-7

電 話:
文化財指定:四国中央市指定保存建造物 (平成2年7月1日指定)
建築年代:明治15年(1882)
改築等:平成2年に現在地に移築保存
用途区分:山村農家・旅籠
残存建物:主屋
公開状況:無料公開
休館日:火・水曜日、冬期休館(12月25日~2月末日)
開館時間:10:00~16:00
沿革等
 農業の傍ら旅館業も営んだことから、山村部の民家ながら座敷が整い、約36坪の建坪を有する規模の大きな建物である。
H P:
撮影日:2012年10月16日・2020年8月9日
近隣施設:四国中央市富郷ダム水ヶ滝翠波高原2014秋


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↑ 2012年10月16日撮影
↓ 2020年8月9日撮影
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寺 名:豊岡山・真観寺
本 尊:聖観音
開 基:行基菩薩
創 建:白鳳年中
宗 派:高野山真言宗
札 所:新四国曼荼羅霊場二十六番札所
住 所:愛媛県四国中央市富郷町寒川山207

電 話:896-22-0002
由 緒
 下記札所頁参照
駐車場:無料 
撮影日:2020年8月9日
近隣施設:旧細川家住宅、富郷ダム



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寺 名:豊岡山・新長谷寺
本 尊:十一面観世音菩薩
開 基:行基菩薩
創 建:養老五年(724)
宗 派:高野山真言宗
札 所:新四国曼荼羅霊場二十七番札所
住 所:愛媛県四国中央市寒川町3214
電 話:0896-25-0202
由 緒
 新四国曼荼羅霊場HP参照 
資料等:現地説明板、新四国曼荼羅霊場HP
駐車場:無料
関連記事 http://tadashimatunaga.web.fc2.com/sikokumandara/mizu/27.htm
撮影日:2019年12月12日
近隣施設:椿堂摩尼山・延命寺

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寺 名:豊岡山・三福寺
本 尊:阿弥陀如来
開 基:空海
創 建:大同年間
宗 派:高野山真言宗
札 所:新四国曼荼羅霊場二十八番札所
住 所:愛媛県四国中央市土居町津根2041
電 話:0896-74-3178
由 緒
 下記新四国曼荼羅霊場HP参照 
資料等:新四国曼荼羅霊場HP
駐車場:無料
関連記事 http://tadashimatunaga.web.fc2.com/sikokumandara/mizu/28.htm
撮影日:2019年12月12日
近隣施設:延命寺

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寺 名:大悲山・光厳寺
本 尊:十一面観音
開 基:弘義上人
創 建:天明三年(1782)
宗 派:高野山真言宗
札 所:新四国曼荼羅霊場二十五番札所
住 所:愛媛県四国中央市金生町山田井1425
電 話:0896-56-3586
由 緒
 新四国曼荼羅霊場HP参照 
資料等:現地説明板、新四国曼荼羅霊場HP
駐車場:無料
関連記事 http://tadashimatunaga.web.fc2.com/sikokumandara/mizu/25.htm
撮影日:2019年12月12日
近隣施設:真鍋家住宅、椿堂、

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土釜尊御由来記
 そもそも、土釜尊と申し奉り由来を尋ねぬるに、文治元年三月二十四日、安徳天皇、長門国赤間ヶ関に入水したもう。従後の面々、讃州に忍ぶ。その時、土釜尊の祖は当国、霧山に忍び、帝の御衣及び、御守本尊を嶺上に埋めて、即ち、帝の御墓と崇め奉り、その身は民間の業とす。
 数代を経て、永禄年中、平の六太郎信朝の時、長宗我部、軍を企て四州大いに乱れる。信朝、固より撓武なれば、再び勇勢をふるう戦う。以後写真で。
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