四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 高知県安芸市

カリヨン時計
住 所:高知県安芸市津久茂町2
場 所:旧安芸駅カリヨン広場
マピオンマップ↓↓↓↓
マップコード↓↓↓↓
335 287 666*88
解説等
 モニュメント本体のフォルムは、安芸市の木である桧をイメージし、それに市の特産品である柚玉をからませました。
 からくり人形は、安芸市出身の作曲家弘田龍太郎氏の著名な童謡の中から、お山のお猿・靴が鳴る・雀の学校の3曲を演出しました。
 カリヨンベルは、弘田龍太郎氏の作曲した童謡の中から50曲を選曲収録し、季節や時刻に合わせて1日数曲を自動演奏します。
【春 あれは時鐘・春よ来い・靴が鳴る・春の野・鯉のぼり・春声~昼~・蝶々と仔牛・オタマジャクシ・たんぽぽ・蕗のとう・ねぎ坊主・この子を寝かせて】【夏 おはようの数・烏の行水・誕生日のうた・鴎の歌・金魚の昼寝・人魚姫・トマト・浪の鬼ごっこ・たなばたまつり・お家忘れて・雨・金の星銀の星・】【秋 雀の学校・チュンチュク雀・どんぐりこ(作詞 清水かつら)・どんぐりこ(作詞 北原白秋)・昔ばなし・白菊・山のあなたを・森にある木・あひるの小屋・里ごころ・夕やけ子やけ・あした】【冬 キューピーさん・ちゅうちゅう鼠・正月元旦・こんこん粉雪・ポンポコ狸・ゆきうさぎ・冬支度・鳩時計・母の歌・お山のお猿・サンタクロス・ねんねころころ・他 浜千鳥・𠮟られて】
建設費:
H P:
資料等:安芸市観光ページ四国ネットなど、
撮影日:2019年4月5日
駐車場:無し
近隣施設:野良時計、

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伊尾木漁港 (石積堤)
住 所:高知県安芸市下山
マピオンマップ↓↓↓↓

解 説:大山岬にある伊尾木(いおき)漁港石積堤は、土佐藩の家老野中兼山が築造した港で、江戸時代の終わりに石組と防波の建設に取りかかったが、藩の財政難から工事は中断。長い時を経て平成12年にようやく完成した。尚、周辺の海岸段丘も必見。
恋人の聖地=2006年選定、夕日のスポット、
文化財:未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選=平成18年選定
資料等:恋人に聖地PROJECT HP、高知県安芸市など
撮影日:2017年4月5日
近隣施設:野良時計土居廓中岩崎弥太郎の生家、道の駅「大山」、

高知県安芸市 【史実・伝承編 伊尾木漁港石積堤】PDF文章より
 伊尾木漁港の整備計画は、江戸時代中期に既に進められ、藩の仕置役の百々弥左衛門が工事を見積もらせたとの記録が残っている。江戸時代末期には、漁港整備を目的に内港の開削を進め、石積みの防波堤建設に取り掛かったが、藩の財政難から工事は中断された。そして、放置された跡地に水が溜まって河野池ができ、「兼山のあほう堀」とも呼ばれた。新田開発や各地の港湾整備など、さまざまな土木事業を手掛けた野中兼山にちなんだものである。
 また、この池には古くから蛇が住んでいるといわれ「河野の池には蛇が居るそうじゃ、その蛇は雄じゃか、雌じゃか、わからんそうじゃ」と囃し唄われた。しかし、昭和のはじめ伊尾木の青年団や消防組が動力ポンプで替干をしたことがあるが、蛇は遂に姿を見せなかったという。
 港の修築計画は、その後幾度となく企画されたが、資金難などを問題にどれも実現しなかった。ようやく、昭和48年(1973)に着工され、平成12年(2000)に完成している。昭和50年代には、発掘調査が行われ、当時の石積堤の一部は歴史的遺産として漁港内に保存された。
 現在では、伊尾木漁港の護岸は河野公園として整備され、太平洋に向けて突き出すような形になっているため、晴れた日にはさんご礁が、冬場には「だるま夕陽」(光の屈折により夕陽が水平線に溶け込み、ダルマのように見える夕陽)が見えるといわれ、美しい景色を楽しむことができる。

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道の駅「大山」
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漁業組合事務所兼市場
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 岩崎弥太郎生家 高知県安芸市井ノ口甲一ノ宮  0887-35-1011
 弥太郎は天保五年(1834)十二月十一日にこの家に生まれ、波乱に富んだ青少年期をこの地に過ごした。
 生家は平屋建て四室、藩政時代の中濃の屋敷である。表座敷に南面する小庭には弥太郎が自ら置いたという日本列島を形どった石組みがあり、彼はこれに夢をのせたという。庭にある自然石の記念碑は三菱傘下、諸会社有志により建立された。
 三菱のマークは家紋の三階菱に、土佐藩の三葉柏を重ねて現在の形となった。明治六年からである。又、弥太郎の少年時代よく登ったすぐ西の妙見山には星神社があり、彼が江戸遊学の際ここに祈願し、社殿の門扉に「吾志を得ずんば再びこの山に登らず」と大書きしたという。坂本龍馬と同年の弥太郎は五十一才で没したが、明治維新よりわずか十八年に、彼の行った事業は壮大でその後の日本経済、政治にも大きく影響した。
 安芸市 説明板より転載しました。
<><>岩崎家と小岩井農場<><>
 ~岩崎彌之助が出資して創業し岩崎久彌が現在の農場の基礎を築いた~
 小岩井農場の開設は明治二十四年(1891)、共同創始者である小野義真・岩崎彌之助・井上勝の三名の頭文字をとって『小岩井』と命名された。その後、明治三十二年(1899)からは三菱三代目社長の岩崎久彌が経営を引き継ぎ、現在の農場の基礎を築きました。
 写真は2013年4月25日撮影
 場所はスポットノート『古建築物map』に投稿します。
 
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 安芸城は安芸平野のほぼ中央に位置し、小高い丘に、小詰めの段(本丸)が置かれ南側の平野部に曲輪が配された梯郭式の平山城である。城の東側には安芸川、西側には安芸川支流の矢の川が流れている。南側には溝辺の堀、北側には城ヶ淵があり、それらが天然の堀となっていた。また、更に城の周囲に内堀を構え、堀を造成した際に出た土を掻き上げて土塁とした。
 安芸城(あきじょう)は、高知県安芸市土居に存在した平山城。江戸時代には土佐藩山内家家老の五藤氏が居住し安芸(安喜)土居として存続した。
 現在、城跡に安芸市立の歴史民族資料館と書道美術館がある。
 城名:安芸城 別名安芸(安喜)土居
 城郭:梯郭式平山城
 築城主:伝・安芸親氏
 築城年:伝・1308年
 主な改修者:五藤為重
 主な城主:安芸氏、長宗我部氏、五藤氏
 廃城:明治初期
 文は現地説明板&Wikipediaなどより参照。
 写真は2013年4月25日撮影
 場所はスポットノート『城址map』に投稿します。
 
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毒井戸跡
長宗我部氏との合戦中に家臣が毒を投げ込み長宗我部氏に寝返った。
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五藤家安芸屋敷
 五藤家は、江戸時代土佐藩家老として高知城の南に高知屋敷を、また安芸土居にも屋敷を構えた。
 安芸城のふもと一帯には屋敷や蔵、馬小屋などが幾棟も並び、広い土居屋敷を構えていたが、明治になって全てを取り壊された。
 明治20年~30年代にかけて、寄棟造りの主屋や離れなどが建てられ、その南面には庭園が作られた。
 平成20年(2008)3月7日に主屋、事務所、離れ、付属屋、納屋、物置、板塀が国の登録有形文化財に登録された。
 安芸市教育委員会 説明板より転載しました。
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 野村家住宅(武家屋敷) 高知県安芸市土居 登録有形文化財
 五藤家家臣野村家は、もとは香美郡山北村(現在の香南市香我美町山北)出身で、五藤家入国後に召し抱えられ、五藤家の財政や家臣の人事などの惣役を行っていました。切妻造桟瓦葺き木造造り平屋建ての主屋を中心に、門・便所風呂棟・納屋・薪置き場・井戸・塀など江戸末期の武家住宅の形式を残しています。
 この武家屋敷は平成20年に安芸市へ寄贈された。
 以上の文は、安芸市HPより転載しました。
 
登録有形文化財 (平成17年7月12日登録)
建築年代/江戸末期
用途区分/武家
登録範囲/主屋・門・納屋・薪置き場・井戸・塀・便所風呂棟
 慶長五年(1600)に五藤家に仕えた。200石取りの馬廻りの上士の家柄。炊事場と縁側の一部に改造が見られるものの旧態をよく残している。敷地は約300坪ほどで屋敷内に菜園を営み、自給自作的な生活を送っていたようである。古い記録には織物を織る機屋や味噌部屋などもあったようである。屋敷西面に薪炭場・米蔵・納屋・厠・表門が一列に配されている。門内は塀重門により玄関前庭と生活空間が完全に仕切られている。土用竹の生垣が美しい武家屋敷街である。
 高知の民家HPより転載しました。
 写真は2013年4月25日撮影
 場所はスポットノート『古建築物map』に投稿します。
 
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