四国観光スポットblog

四国の観光スポットの足跡を写真で紹介するブログ

カテゴリ: 四国の古建築物

小比賀家住宅長屋門(外観)

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午門=文化財(建造物)指定 建築年代:江戸後期/1701-1800頃
 長屋門、桁行35.4m、梁間5.9m、寄棟造、茅葺、東面及び北面庇付、本瓦葺1棟 1971年06月22日指定
【午門は主屋の正面にして建つ、国内最大級の長屋門である。かつて敷地の東側にももう一つの長屋門があり二つのを呼び分けるために敷地の南側(午の方角)に位置していた門を「午門」と名付けたという。門口の中央に大扉を開き、東側に潜り戸をつける。内部の構成は東端より飼料場、四区画の牛房、三区画の馬房と並び、門口を挟んで西側には納屋が二室並ぶ。】

住 所:香川県高松市御厩町331

電 話:
小比賀家住宅残存建物
主屋=文化財(建造物)指定 建築年代:江戸前期/1601-1700
 桁行26.6m、梁間9.8m、寄棟造、茅葺、四面庇付、本瓦葺、南面玄関付属1棟 1971年06月22日指定
土蔵=文化財(建造物)指定 建築年代:江戸前期/1601-1700
 桁行26.6m、梁間9.8m、寄棟造、茅葺、四面庇付、本瓦葺、南面玄関付属1棟 1971年06月22日指定
米蔵=文化財(建造物)指定 建築年代:江戸末期/1801-1900頃
  土蔵造、桁行10.1m、梁間6.1m、二階建、切妻造、本瓦葺、西面庇付1棟 1971年06月22日指定
改築等
 明治時代には正面側の軒をせがい造(深い軒先をもつ構造)とし、小屋組を改造して屋根を高くするなど、はぼ現在の外観となった。
 昭和四十六年に主屋、土蔵、米蔵、土塀とともに家格にふさわしい屋根構えを形成する建て物となった。
 昭和五十一年から同五十二年に屋根葺き替え部分修理を行い、牛房、馬房など江戸時代の姿に復原し、平成二十五年から同二十七年には半解体修理にあわせて構造補強工事をおこなった。

公開状況:内部有料(公開中止中)500円
開館時間=第3日曜日10:00~16:00
沿革等:当小比賀家は甲斐源氏武田氏の末裔と伝えられています。
 武田氏の没落後四国に渡り、戦国時代の末期を讃岐室山城(栗林公園の裏山にあった)の城主として過ごしていました。この御厩の地へは慶長年間(十七世紀の始)になってから移り住んだもので、後、江戸時代には代々庄屋や大庄屋を勤めていました。
 建てられてから四百年ほど経過していますので最初からの建物は、だんだん数が少なくなってしまいましたが、それでも主屋をはじめ午門部屋、土蔵、米蔵など非常に古い建物が現存し当時の偉容を十分に忍ばせてくらます。
 この小比賀家住宅は江戸時代の初期の代表的な民家として国の重要文化財に指定されています。
資料等:現地説明版、国文化庁国指定文化財等データベースなど
H P:
撮影日:2022年5月1日

渓鬼荘(香美市立吉井勇記念館)
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住 所:高知県香美市香北町猪野々514番地

電 話:0887-58-2220
運 営:
開 所:
時 間:9時30分から17時00分
休館日:月曜日及び火曜日(祝祭日は翌日)
入館料:420円
解説等:
 明治・大正・昭和の三時代にわたり文芸界で活躍し、『祇園歌人』、『伯爵歌人』と讃えられた歌人、吉井勇。「人間修行の日々を過ごした」と振り返った山峡、猪々野での暮らしは勇が再起する契機になりました。
 香美市立吉井勇記念館では、勇が再起する契機となった猪野々で過ごした日々を中心に、勇に贈った友人たちの言葉を交え、自筆の作品や貴重な写真、映像などを展示しています。記念館の隣には、勇が漂白の旅の拠点として隠棲した渓鬼荘(けいきそう)が移築されています。
 高知での隠遁生活のために建てた茅葺の小庵。六畳の居間と四畳半の書斎、広縁のみで構成する簡素な建物だが、天井棹縁に丸竹、床の落掛に竹の根を使うなど風趣ある数寄屋の意匠を備える。山間部の農村における文人の草庵の静かな佇まいを残す。
規模等:昭和前/1934/1964改修・2006移築 木造平屋建、茅葺、建築面積31㎡
撮影日:2013年11月20日
資料等:同記念館HP、文化遺産オンラインなど。
文化財:平成26年11月21日=国登録有形文化財
吉井勇:Wikipedi

細川家住宅

住 所:愛媛県四国中央市富郷町津根山352-7

電 話:
文化財指定:四国中央市指定保存建造物 (平成2年7月1日指定)
建築年代:明治15年(1882)
改築等:平成2年に現在地に移築保存
用途区分:山村農家・旅籠
残存建物:主屋
公開状況:無料公開
休館日:火・水曜日、冬期休館(12月25日~2月末日)
開館時間:10:00~16:00
沿革等
 農業の傍ら旅館業も営んだことから、山村部の民家ながら座敷が整い、約36坪の建坪を有する規模の大きな建物である。
H P:
撮影日:2012年10月16日・2020年8月9日
近隣施設:四国中央市富郷ダム水ヶ滝翠波高原2014秋


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↑ 2012年10月16日撮影
↓ 2020年8月9日撮影
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旧永井家住宅
現在施設名:旧永井家庄屋屋敷
管理者:つるぎ町
住 所:徳島県美馬郡つるぎ町貞光西浦37
場 所:つるぎ町まちなみ交流館奥
マピオンマップ↓↓↓↓
https://www.mapion.co.jp/m2/34.035308359837465,134.06211195510096,19(駐車場)
マップコード↓↓↓↓
228 112 773*54
電 話:
文化財指定:貞光町有形文化財=平成6年2月18日指定
建築年代:江戸時代の1791年
改築等:平成8年・9年度に修復工事実施
用途区分:資料館
残存建物:母屋・藍の寝床棟・蔵
公開状況:無料公開
休館日:第3水曜日休業・年末年始、
開館時間:9:00~17:00
沿革等
 約550坪の敷地を築地塀が囲み、南面の切妻本瓦葺きの表門、木造瓦葺平屋建の母屋、木造瓦葺二階建の寝床、蔵、井戸、庭園などが落ち着いたたたずまいを見せています。
 江戸時代は代々庄屋職を務め明治以降は、医者として生業を立てていたようである。
 井戸には「文政6年(1823)10月」の刻み文字がみられ、そのころに造られたもの。
資料等:現地説明板、つるぎ町HPなど
H P:
撮影日:2018年11月22日
駐車場:無料(まちなみ交流館)

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現在施設名:岡御殿
住 所:高知県安芸郡田野町2147-1
所在地 マピオンマップ↓↓↓↓
https://www.mapion.co.jp/m2/33.42659948120502,134.0093502215763,19
マップコード↓↓↓↓
421 601 703*84
電 話:0887-38-3385
文化財指定:高知県有形重要文化財=昭和60年4月2日
建築年代:天保15年
改築等:平成9年修復
用途区分:
残存建物:主屋など
公開状況:有料公開(200円確か?)管理人さんより説明もしてもらえます。
休館日:火曜日(休日の場合は翌日)12月29日~1月2日
開館時間:9:00~16:30
沿革等:
 岡家は米屋と号し、豪商田野五人衆の随一で、祖先岡氏は泉州から山内候に従って田野に来たと伝えられています。
 藩主の為だけに宿泊所として建てられた。伊能忠敬も滞在したようです。
資料等:下記HP、聞き取りなど。
H P:田野町HP
撮影日:2019年4月5日
近隣施設:旧岡家住宅(西の岡邸)
駐車場:無料(田野町ふれあいセンター)
豪商 岡家
むかしの田野は村方と浦方からなっていて、とても商業の盛んな場所でした。
江戸時代の後半、田野浦隋一の豪商が岡家でした。岡家の屋号は、印「一入(ひといり)」です。この「一入」という字は、紙に書いて裏返してみると「一人(ひとり)」と見え、田野浦で飛びぬけた一人ということを意味するとも言われています。
ところで、岡家の先祖は、山内候(土佐藩主)に従って泉州(大阪府)からこの地に来たと伝えられています。そして、この地で初代岡徳左衛門という人が商いを始めました。その後の代々の当主も商いに励み、豪商と呼ばれる程の富を築き上げました。

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