安芸城は安芸平野のほぼ中央に位置し、小高い丘に、小詰めの段(本丸)が置かれ南側の平野部に曲輪が配された梯郭式の平山城である。城の東側には安芸川、西側には安芸川支流の矢の川が流れている。南側には溝辺の堀、北側には城ヶ淵があり、それらが天然の堀となっていた。また、更に城の周囲に内堀を構え、堀を造成した際に出た土を掻き上げて土塁とした。
 安芸城(あきじょう)は、高知県安芸市土居に存在した平山城。江戸時代には土佐藩山内家家老の五藤氏が居住し安芸(安喜)土居として存続した。
 現在、城跡に安芸市立の歴史民族資料館と書道美術館がある。
 城名:安芸城 別名安芸(安喜)土居
 城郭:梯郭式平山城
 築城主:伝・安芸親氏
 築城年:伝・1308年
 主な改修者:五藤為重
 主な城主:安芸氏、長宗我部氏、五藤氏
 廃城:明治初期
 文は現地説明板&Wikipediaなどより参照。
 写真は2013年4月25日撮影
 場所はスポットノート『城址map』に投稿します。
 
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毒井戸跡
長宗我部氏との合戦中に家臣が毒を投げ込み長宗我部氏に寝返った。
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五藤家安芸屋敷
 五藤家は、江戸時代土佐藩家老として高知城の南に高知屋敷を、また安芸土居にも屋敷を構えた。
 安芸城のふもと一帯には屋敷や蔵、馬小屋などが幾棟も並び、広い土居屋敷を構えていたが、明治になって全てを取り壊された。
 明治20年~30年代にかけて、寄棟造りの主屋や離れなどが建てられ、その南面には庭園が作られた。
 平成20年(2008)3月7日に主屋、事務所、離れ、付属屋、納屋、物置、板塀が国の登録有形文化財に登録された。
 安芸市教育委員会 説明板より転載しました。
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