<><>みなと公園<><> |
公園には2基の石灯籠と金毘羅月参り廻船の模型と小西嘉純氏による金毘羅道中画(タイル画)が展示されている。他に展望台と自由広場もあるが駐車場はありません。
石灯籠は、中府三軒家にあった3基のうちの2基で、天明8年(1788年)岡山古手屋中の寄進で、明治24年(1891年)中府の大鳥居のそばに移され、平成元年にみなと公園に移された。(残りの1基は善通寺市の金倉寺にある。)
丸亀港(今も漁港として使われています。)鎌倉時代には、既に丸亀浦として成立していた。江戸時代中期以降、金比羅宮参りの玄関港として、そして大坂への綿の積出港として、大坂港との間に定期の月参廻船が運航された。
写真は2009年12月29日撮影
文化3年(1806年)には福島湛甫(ふくしまたぽ)、天保4年(1833年)には新堀湛甫(しんぼりたんぽ)と、大規模な港の整備拡張が行われた。(新堀湛甫拡幅には丸亀藩京極家江戸詰め藩士瀬山登の尽力による所が大です。) 当時は四国一の港といわれるようになった。
記事はWEB・現地案内板より転載しました。写真は2009年12月29日撮影
太助灯籠
新堀湛甫整備の時に灯台として建設された銅灯籠。最大の寄進者である塩原太助に因んで太助灯籠と呼ばれています。(江戸講中の名前が刻まれています。)
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